2025.10.31
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この病気の名前を、これまで聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。
Help!(助けて!)とよく似た名前のこの病態は、まさにお母さんや赤ちゃんが危機的状況になりかけていて、何らかの医学的介入を急いで行わないと命の危険もあるという、産科の中でもトップクラスの緊急事態です。
HELLP症候群は、主に妊娠後半、特にお産の前後に発症する病態で、妊娠高血圧に合併することが多いです。
しかし妊娠27週未満の発症もまれにありますし、必ずしも妊娠高血圧に合併するわけではないため、妊娠高血圧症候群とは別の病態だと考えられています。
臨床症状としては、突然のみぞおちの痛みや吐き気、頭痛や倦怠感が出現しますが、胃腸炎などの症状と紛らわしいので注意が必要です。
すべての妊娠の0.2~0.9%に発症しますが、重症妊娠高血圧症候群の人では10~20%に発症するともいわれており、妊娠高血圧と診断された場合は厳重な警戒が必要です。
HELLPという名前は、Hemolysis(溶血=赤血球が破壊されること)、Elevated Liver enzymes(血中肝酵素の上昇=肝機能異常)、Low Platelets(血小板の減少)の頭文字をとってHELLPと名付けられています。
すべて血液検査で分かりますが、血液検査をしなければ分からない項目でもあり、少しでも怪しいと思ったら肝機能や血小板数などの検査をします。
HELLP症候群の原因は完全には解明されていませんが、血管内皮細胞(血管の最も内側にある薄い細胞の層)が機能不全になったり損傷を起こしたりすることが発端だと考えられています。
初期の自覚症状として最も多いのは、みぞおちからおへそ辺りの痛みや違和感です。
他にも吐き気や嘔吐、頭痛、目がチカチカしたりかすんだりする視覚異常、全身の倦怠感などが起こることもあります。
これらの症状は風邪や胃腸炎と似ていますが、HELLP症候群は病状の進展が早く、合併症により全身の多くの臓器がダメージを受け、重篤な場合は死に至るケースも少なくありません。
また、おなかの赤ちゃんが死亡することもあり、体調の変化を軽く考えると危険です。
HELLP症候群の悪化のスピードの速さはすさまじく、少しでも疑いを持ったら常にHELLP症候群を念頭に置いて万全を尽くす必要があります。
●母体
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・常位胎盤早期剥離
・藩種性血管内凝固(DIC:血栓が全身のあちこちにでき、細い血管を詰まらせること)
・急性腎不全
・脳出血
・子癇(妊娠中のけいれん発作のこと)
・肺水腫(肺の中に水がたまること)
・肝被膜下出血・破裂(肝臓からの出血)
・母体死亡
●胎児・新生児
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・周産期死亡
・胎児発育不全
・早産
・超早産
・新生児血小板減少症
・呼吸窮迫症候群(重い呼吸障害)
HELLP症候群の唯一の治療法は「妊娠を終了させること」です。
ただし、どのタイミングで分娩するかは妊娠期間によって異なります。
妊娠36~37週に達していれば帝王切開などで速やかに分娩を行うことが望ましく、この場合は赤ちゃんの予後も良好なことが多いです。
ただ、母体については子癇というけいれん発作が起こりやすかったり、溶血が進んで黄疸などの症状が出たりしますので、分娩後も十分な経過観察が必要です。
妊娠36週未満の場合、NICUのある高次施設で管理する必要があり、分娩施設の規模によっては速やかに高次施設へ母体を搬送することになります。
HELLP症候群の重篤度と赤ちゃんの成熟度によっては一時的に待機し、赤ちゃんの肺成熟度を高めるためのステロイド投与などを優先することもあるかもしれません。
しかしHELLP症候群の増悪スピードは非常に速いため、原則は帝王切開などの速やかな分娩をし、赤ちゃんはすぐにNICU管理となります。
妊娠20週台の前半だと、残念ながら赤ちゃんの予後は良いとは言えません。
妊娠高血圧症候群を発症している場合にリスクが高く、中でも重症妊娠高血圧腎症では、10~20%がHELLP症候群を併発するとされています。
また、多胎妊娠や高齢妊娠の場合もなりやすい傾向があります。
HELLP症候群の予防法は、まだ確立されていません。
妊娠高血圧症候群になると発症のリスクが高まりますので、食生活や生活習慣に気を付け、妊婦健診をきちんと受けて体調管理を行いましょう。
また、体調に異変を感じたらできるだけ早い受診が重要です。

参考資料:
森川守:HELLP症候群:血栓止血誌2019;30(1):172-177
日本妊娠高血圧学会:日本の高血圧症候群の診療視診2021-Best Practice Guide-.第1版.メジカルビュー社:2021
日本産婦人科医会協同プログラム:2013;日産婦誌65巻10号
《 監修 》
井畑 穰(いはた ゆたか) 産婦人科医
よしかた産婦人科診療部長。日本産婦人科学会専門医、婦人科腫瘍専門医。東北大学卒業。横浜市立大学附属病院、神奈川県立がんセンター、横浜市立大学附属総合周産期母子医療センター、横浜労災病院などを経て現職。常に丁寧で真摯な診察を目指している。
▶HP https://www.yoshikata.or.jp/ よしかた産婦人科